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『真夏の怪/骨董屋変』【3-2】


 「あの花は、巳結(みゆう)が誂えたんですよ」
 棺に目を投じたままの蘇芳に、結己がそう言った。
 言われて初めて、目が離せない理由に思い至る。
 違和感だ。
 花束は、白を基調としているが、差し色に使われているのはピンクである。
 その色の持つ穏やかさ、華やかさは、寧ろ、結婚式に用意した花だと言われたほうが、余程すんなり受け入れられる気がした。
 「みゅーちゃんが?」
 彼女のしたことならば、何か意味があるのだろう。そう蘇芳は思った。
 「えぇ。通夜の祈りにも出席していました」
 「そうなの?」
 珍しいこともあるものだ。
 巳結は、人との関わりを避けて暮らしている。
 「朝凪老とは懇意にしていたらしくて……。色々と助かりました」
 「そう……」
 ならば、彼女の眼鏡に適う人物だったということか。巳結は元来、人嫌いではない。
 「アンティークを探していて、『琥珀』を訪れたのだそうです。それで、話をするうちに巳結が人形の衣装を作っていることを知って、朝凪老から仕事を頼まれ……。何着か、古い着物を人形用に仕立て直したと言っていました」
 「それってもしかして、いちまさん?」
 「……だそうです。売り物ではなくて、個人的な品だったそうですが」
 「そう……」
 市松人形は、基本的に「子ども」である。
 子どもの遊び相手であると同時に、子どもそのものでもある。
 そして、人形というものは、人の姿に似せた形代(かたしろ)である。我が子の災厄を代わって引き受ける、「器」たり得るものだ。
 商品としてではなく、私的に大切にしていたならば、何か謂れのある品なのだろう。
 巳結は、そこに何かを見出だしたのだろうか。
 「一宮(いちみや)は、優秀な弁護士ではありますが、やはりこういうことは女性のほうが、スムーズに事を運ぶ術というものを心得ていますからね」
 結己は、言葉を選んで話していた。
 他人の耳もある。聞かれたくない事もある。
 ならば黙っていればいいものだが、蘇芳に気遣っているのだろう。
 話が聞けないならば、こんなところにいる意味はない。言外に、そう匂わせてしまっているのかもしれない。
 「男が何人集まっても、女性一人に適わないことがあるからねぇ」
 蘇芳も、話を合わせる。
 本当に……。女性とは偉大だと蘇芳は思う。
 男とはまた違った情を持ち、幼き少女であっても聖母の如き慈愛を示すことがある。
 それに、巳結は楸(ひさぎ)一族なのだ。
 結己が現れるまで、一族の当主候補だったこともある。鎮魂の技には長けている。
 「そうですね……。町内会でも、弁護士の一宮より、巳結の存在のほうを有り難がっていた節がありますよ」
 一宮が愚痴っていたのを思い出し、結己は苦笑する。
 身寄りのない朝凪である。葬儀は老人会か町内会で執り行うか、また、無縁仏として葬らねばならないのかと、近所の人々がやきもきしていたところに弁護士が現れ、全て取り計らってくれたことに感謝していた。
 だが、細かい気配りというものはやはり至らないようである。
 「朝凪老について、皆さん心配されていましたからね。こうして葬儀を執り行うことが出来て良かったと言っていましたよ」
 「万事解決?」
 「そうですね……、大体は。古物は同業者が引き取ることになっていますし、私物の大部分は教会に寄付されます。幾つか、巳結に贈与される品があるようですし、僕は不動産の処理を一任されています」
 結己は近代建築保存会のメンバーであり、朝凪も、会員に名を列ねることこそなかったが、会の活動内容などは結己を通じて知っていた。
 だからといって、赤の他人にそんな大役を一任するとは思いがけず、結己も驚いている。
 最善を尽くしたいとは思っているが、いつも理想通りに行えるとは限らない。それを知っているだけに、些か重荷でもあった。