『真夏の怪/骨董屋変』【2-3】
* 楸結己(ひさぎゆうき)は口入れ屋である。 人に人を紹介し、何か困った事が起これば相談に乗る、問題を処理する。そういったことを請け負っている。 だが、現代にそんな名の職業はない。 強いて言えば、まとめ役(コーディネーター)や相談役(コンサルタント)といったところなのだが、やっていることは村の肝煎である。コーディネーターやコンサルタントを名乗るのも烏滸がましく思い、かといって肝煎というのも何だかおかしい。では、口入れ屋というのはどうだろうということになった。 口を利くのだから丁度いい。どうせ通り名のようなものだから。そんな理由で、口入れ屋を名乗ることと相成った。 蘇芳(すおう)とは、この仕事を始めた頃からの付き合いである。 なにせ記念すべき依頼人第一号であるのだから、浅からぬ縁である。 「現実的な話からしましょうか」 結己はそう切り出した。 「まず、所轄の担当者から連絡が来ました。蘇芳の照会は済んでいます。それと、『琥珀』の弁護士を存じ上げておりましたので、あちらに紹介しました」 「それはまた、都合のいい話だね」 二人は、思わせぶりに視線を交わした。 「ええ……。『琥珀』の店主である朝凪(あさなぎ)氏とは、巳結(みゆう)の紹介で知り合ったのですが、弁護士が必要とのことでしたので、僕が紹介したんです」 巳結とは、結己の叔母である。年が近いせいもあって仲が良い。 「弁護士は一宮(いちみや)というのですが、彼とも連絡を取り、何か分かったらこちらにも連絡が来るよう手配してあります」 蘇芳は、デスクに置かれたファイルに目を遣った。 彼が来る前に、一通りの仕事は済んでいたようである。 「それで、他には?」 蘇芳が先を促す。 その顔は、どこか楽し気ですらあった。 結己は、厭そうに顔を顰める。 「一宮の話では、朝凪老は体調を崩し、身辺整理に取り掛かっていたという話です。それで弁護士が必要だったんですね。警察の話も併せると、やはり老衰、もしくは病死といったところだと推測されますが……」 「たぶんそうだと思うよ。あれは事件性はないね」 妙な確信でもって蘇芳は言う。 「おそらくは。でなければ、蘇芳は今ごろ容疑者として身柄を拘束されているでしょうからね」 「それで?」 二人とも、『琥珀』の店主、朝凪の死に関しては自然死を疑っていない。 仮に事件性があり、他殺だとしたら、それは口入れ屋が関わる問題ではない。警察の領分である。 「やはり、その女性の存在が気になりますね……」 結己は呟いた。 「何か分かったの?」 「この件には、巳結が関わっているようなのですが、まだ彼女とは連絡が取れていないんです」 「みゅーちゃんどうかしたの?」 蘇芳は、巳結のことをそう呼んでは嫌がられているのだが、どうにも懲りない様子である。 結己が幼い頃、舌足らずに呼んだのが始まりなので、彼としては苦笑するよりほかない。 「いえ、工房に籠っているのでしょう。数日前にそんなことを言っていましたから」 「手が離せないってことは、いちまさんか。……あれ? そういえば、あのお香はみゅーちゃんとこのかな?」 巳結は、個人的に市松人形の修復などを行っていて、時々工房に籠り切りになってしまう。 また、人形の衣装製作を生業としているのだが、着物には匂い袋を付けて渡すのが常である。 蘇芳は、着物の女性から薫っていた香の匂いを思い出していた。 「そうですね。蘇芳からその匂いがするのは確かなんですが……」 結己は、曖昧に言葉尻を濁す。 彼には特異な能力があり、それは「匂い」に特化している。 普段は厄介なだけの力だが、時には問題解決の糸口となることもある。 「それが何を意味するのかまでは、まだ判断しかねます。巳結絡みの品が、何か店にあるのかもしれませんし」 「そうだねぇ……」 「明日にでも巳結と会ってきます。一宮とも連絡を取りますから、くれぐれも蘇芳は勝手に動かないで下さいね」 もう一度『琥珀』を覗いてこようかな、などという蘇芳の目論みは、呆気無く看破され、駄目を押された。 このままただ様子を見ていればいい他人事に、わざわざ首を突っ込む羽目に陥るのは、偏に蘇芳の好奇心を満たすためだけである。 放っておくと何をしでかすか分からない蘇芳を抑え込むには、それしか手がない。ということを、結己は嫌というほど学んだ。 因果である。 干菓子をお茶請けに珈琲を味わいながら、結己は報われる日が来ないのを薄らと知っているような気がした。 珈琲は、すっかり冷めてしまっていた。 【-- coming soon --】
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