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『真夏の怪/骨董屋変』【2-2】
「……それで、慌てて奥に行ってみたら、本当にあったわけ。死体が」 蘇芳は暢気に言うと、自分が買って来た干菓子を摘んで口に放り込んだ。 まるで「そこに椅子があった」とでもいうような口振りである。 「初老の男性でね、完全に死んでるのは見て分かったけど、振り返ったら女の人は消えてるし……」 「それで?」 結己は蘇芳の向いに座り、話を聞いている。 時折、目に見えない何かを捉えるように目線を彷徨わせるのが、奇妙といえば奇妙である。 「仕方ないから、隣の家に駆け込んで救急車呼んでもらったよ」 「そう……」 「そこにいてくれって言うから、お隣のおばちゃんと話しながら待ってたんだけど。警察も一緒に来て、事情聴取されちゃったよ」 その言葉に、結己は少しばかり眉根を寄せた。 「女の人のことは話したんですか?」 「話したよ。そしたら何か胡散臭がられちゃって、『署までご同行を』とか言い出すから、用事があるって言ってバックレて来ました」 語尾にハートが付きそうな口調である。 結己は額に手をやる。まったく頭が痛い、と思う。 蘇芳のほうが結己より年上なのだが、まるで大人気ない。 その上、自分の言動が多少ならずとも周囲を混乱させるという自覚にも欠けている。 それが原因で無駄にトラブルを引き起こしているのだが、本人はあまり気にしていないようである。 「救急車を呼ぶ機転が働いていながら、どうしてそんなバカな発言が出来るんですか?」 これは質問ではなく、愚痴のようなものだった。 本人は一向気にせずトラブルの種を撒き散らしているが、それを刈り取るのはいつも結己なのだから無理もない。 だが、その事に関しては蘇芳も思うところがあるらしい。 「そうなんだけどさ~。救急車とか来るの遅くて、つい手持ち無沙汰におばちゃんと話し込んじゃってさ……」 長話が高じて、言わなくていい事まで話してしまったらしい。 店主が店で倒れていたならばまだしも、奥向きでならば、何故そんな所に入って行ったのかと尋ねられるのは筋である。 『欲しい物があって、声を掛けたが返事がない。それでちょっと覗いてみた』という話が、途中から『実は、着物の女性が、店の主人が奥で亡くなってるって言うから……』などと変化したら、それは誰しも不審に思うだろう。 しかも、その女性はいなくなってしまったのである。 近所の者に聞いても、誰もそんな女は知らないという。 『琥珀』の老店主は独身で、自分は天涯孤独なのだと言っていたらしい。 そして、それ以外の事は何も話したがらなかった。 『戦争や震災がありましたからね。何か、辛い事でもあったのだろう……と、誰も、何も聞けなくてねぇ…』とは、隣家の女性の言葉である。 だから、訳知り顔の女の存在など、初めからどこにもないはずなのであった。 仮に、その女が客や通りすがりの者だったとしても、何か不自然であるし、妙である。 嘘をついていると思われても仕方のない状況を、蘇芳は自ら作り上げてしまったことになる。 「それで、第一発見者から不審者に格上げされては世話がないですね」 「面目ない」 蘇芳は、肩を竦めてみせた。 「僕を身元引き受け人に指定したんですね」 これも質問ではない。 「うん。だって、そういう契約でしょ」 おかげさまで助かりました、と蘇芳は笑みを向けた。 対する結己は、苦虫を噛み潰したような顔になる。 どうしてそんな契約を結んでしまったのか、後悔というものは先に立たずである。 結己に蘇芳を引き合わせた者の老獪な顔が目に浮かび、恨みがましい気持ちが沸き起こる。 だが、彼の人は、結己に荷物を背負わせることを楽しんでいるので、恨んだところで逆に面白がらせるだけである。 まったく遣り切れない、と結己は思う。 「おかげで、こちらは仕事が増えましたよ」 結己は、今日何度目かのため息を吐いた。 |
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