『真夏の怪/骨董屋変』【3-4】


 教会の中で、二枚の写真を見せられた。
 一枚は、和服を着た、清楚で凛とした若い女性。髪は結い上げている。
 もう一枚は、市松人形だった。市松にしては、やや髪が短い。
 どちらも同じ紗の着物を着て、どこか面ざしが似通っているようにも見える。小首を傾げている様子も同じだった。
 それを見て、蘇芳は漸く合点がいった。
 自分が遭ったのは、この女性であり、人形であったに違いないと。
 幼子を生き写した人形は、彼女の望みを叶えるために器となって働いたのであろう。
 同じ場所で生きられなかった者たちが、せめて死しては添い遂げようと、蘇芳や結己を利用したのだ。
 鍵となるのはやはり巳結である。
 巳結は彼らのロマンスを知っているのだろう。蘇芳はそう確信した。
 言葉を持たぬ手向けの花が、しかし雄弁に物語っていた。
 「そういえば、巳結に叱られてしまいましたよ」
 傘立てから傘を取りながら、結己が言う。
 「おや、珍しい。何をしたのさ?」
 「……してないからです。いつまで小鳥に名付けないでいるつもりか、と」
 「そうだねぇ」
 何やら躊躇いがあるらしく、ずっと適当に呼んでいた。まぁ、良い事ではないだろう。
 「えぇ、名のないままにしておくのは良くないと言われました」
 「それで、決まったの?」
 「……えぇ。もうずっと、それしかないと思っていましたから。『朱雀(すざく)』はどうだろうかと」
 「ふぅん?」
 朱に雀と書いて『朱雀』。
 あの小鳥は顔が赤いし、南方が原産だという。朱雀は四神のひとつで、南を守護するものだ。
 言われてみれば、似合うような気もする。
 「いいんじゃないの?」
 丈夫に、元気に育ちそうな名だ。
 「えぇ……」
 ハザードランプを点滅させ、タクシーが教会の門前に停車する。
 結己が呼んだ車だ。
 小雨に濡れるのを頓着しない蘇芳に、後ろから、結己が傘を差し向けつつ続く。
 横に並ぶと、蘇芳のほうが少しだけ背が高い。
 二人してタクシーに乗り込み、結己が運転手に行き先を告げる。
 結己の部屋で、彼の恋人の沙那(さな)が、浄めの塩を用意して待っているのだという。
 それもまた可笑しい話ではあるが、面白いのでついて行こうと思う蘇芳であった。
 久し振りに沙那の顔も見たい。
 彼女は聡く、可愛い子だ。蘇芳のお気に入りでもある。
 無愛想な運転手は、無言で頷いて見せた。
 発車する寸前に、何かが蘇芳の目の端に留まった。
 人のようである。
 振り返って見ると、相合い傘をした二人連れであった。
 今どき珍しい和装姿で寄り添う男女は、骨董屋の主人と写真の女性に、どこか似てはいないか……。
 こちらに会釈したようである。


【了】