参:夏の終わり [11/14]

 年若い者の早世は悲痛だが、老年にもなれば、死は安らぎであるかもしれない。
 だからだろうか。
 蘇芳にとって、死とはただ過ぎ行くものだ。
 命が手から零れ落ちる。いつも、その虚しさばかりが心に残る……。
 朝凪とは、生きて会う事はなかった。そのせいで、何の感慨も湧かないのだろうか。
 結己によると、あの建物のどこにも、冷房設備は無かったそうである。
 涼を得る機器といえば扇風機だけであり、部屋を冷やすほどの能力には欠ける。
 だが、蘇芳も感じた通り、扇風機だけでは説明がつかぬほど、確かに建物内は冷えていたようだ。
 その点では、検屍にも疑問が生じたようである。
 筋肉の硬直や死斑などの状態から得られる情報と、腐敗の進行度には、明らかな齟齬がある。然し乍ら、人為的な細工などの証拠はどこにも発見されなかった。
 近年、科学技術の発達は著しい。科学捜査で解明出来ないことはないように思える。
 だがしかし、目に見えるものばかりが全てではない。数字や情報(データ)だけでは推し量れない物事も、確かにこの世には存在する。
 ひとそれぞれ、目に見えるものも違う。

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©2006/三上蓮音