参:夏の終わり [9/14]

 寧ろ、熱中症に陥った者は寒気を感じていたりする。
 「……ちょっと待って。あそこには冷房があったでしょう? 結己だって使ってたくらいなのに」
 「そのことなんですが……」
 起立を促され、言葉が途切れる。
 光が降るようなオルガンの音色で聖歌が奏でられ、聖歌隊のリードに合わせ、列席者が辿々しく歌う。
 蘇芳は、黙って聞いていた。
 結己は葬儀ミサの栞を手に、眉間に微か皺を寄せている。どうやら歌は苦手らしい。
 唇を動かしてはいるが、音は聞こえない。
 困った様子である。
 蘇芳はそれを微笑ましく思う。神を讃える言葉を持つことは、幸いである。
 この子らには幸せになって貰いたいと……、いつも、切に願っている。
 長い尾を引いてオルガンが止み、また着席する。
 「あの家に、クーラーなど無かったのですよ」
 ぽつりと結己が呟く。
 騒めきの残る蘇芳の耳に、その言葉は奇異に響いた。
 「一台もね」


 喪主の挨拶と献花を以って、葬儀ミサは恙無く終了した。
 勿論、遺族などいない。弁護士の一宮が代表として、列席者に短く謝辞を述べるに留まった。

next


小説Index
Index
©2006/三上蓮音