弐:口入れ屋「楸」 [7/11]
『戦争や震災がありましたからね。何か、辛い事でもあったのだろう……と、誰も、何も聞けなくてねぇ…』とは、隣家の女性の言葉である。
だから、訳知り顔の女の存在など、初めからどこにもないはずなのであった。
仮に、その女が客や通りすがりの者だったとしても、何か不自然であるし、妙である。
嘘をついていると思われても仕方のない状況を、蘇芳は自ら作り上げてしまったことになる。
「それで、第一発見者から不審者に格上げされては世話がないですね」
「面目ない」
蘇芳は、肩を竦めてみせた。
「僕を身元引き受け人に指定したんですね」
これも質問ではない。
「うん。だって、そういう契約でしょ」
おかげさまで助かりました、と蘇芳は笑みを向けた。
対する結己は、苦虫を噛み潰したような顔になる。
どうしてそんな契約を結んでしまったのか、後悔というものは先に立たずである。
結己に蘇芳を引き合わせた者の老獪な顔が目に浮かび、恨みがましい気持ちが沸き起こる。
だが、彼の人は、結己に荷物を背負わせることを楽しんでいるので、恨んだところで逆に面白がらせるだけである。
まったく遣り切れない、と結己は思う。
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