弐:口入れ屋「楸」 [2/11]
「どういう心境の変化なんだか……。これなら真直ぐこっちに来るんだった」
結己(ゆうき)は冷房嫌いで、よっぽど暑い日でもその便利な道具を使いたがらないのだが、この様子ではどうやら主義を変えることにしたか、変えざるを得ない出来事でもあったようだ。
「快適にしておくと長居するでしょう」
蘇芳の呟きに、結己はそう返した。
長居するのが相談に訪れた客なのか蘇芳なのかは、言わずもがなである。
調べ物をしていたのか、デスクの上にはファイルが数冊、置かれたままになっている。
楸結己は、目立たない容姿の青年だ。
スーツにネクタイ、そして眼鏡。個性と呼べるのはそれで終わりである。顔形や髪型、体型、どれをとってもあまりにありふれていて、人の印象に残りにくい。
だが、外見で個性を競う現代にあって、結己は敢えて周囲に埋没することを選んでいる節があった。
「はい」
蘇芳は無造作に紙袋を差し出すと、来客用ソファーに腰を降ろした。
「なんですか、これは」
仕方ないといった体で受け取りながら、結己が訊ねる。
「なにって……」
「まさか、ただの土産とは言わないでしょう? 今度は一体どんな厄介事を持ち込むつもりですか?」
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©2006/三上蓮音