弐:口入れ屋「楸」 [1/11]
弐:口入れ屋「楸(ひさぎ)」
東京神田。
楸結己(ひさぎゆうき)は、この街に事務所兼住居を構えていた。
老朽化した社屋をSOHO向けに用途転換(コンバージョン)したビルで、昭和の面影を残す建物には独特の雰囲気が漂っている。修復の際に設備などは全て新しく取り替えられ、外装内装共に手を加えられてはいるが、建物の持つ魅力を損なわない気遣いが随所にみられた。
以前は、その古さから幽霊が出るなどとの噂が立ち、近隣からも解体を望む声があったのだが、今では入居待ちリストが出来るほどの人気物件へと変身を遂げた。
夜、淡い色合いの街灯に浮かび上がる姿は、やや厳めしく、そしてどこか誇らし気に見えた。
入り口のステップを軽やかに上がり、装飾の施されたドアを押し開けて、蘇芳(すおう)は口入れ屋「楸(ひさぎ)」を訪れた。
目当ては五階にある。
塔屋に設けられたエレベーターは避け、専ら建物中央にある螺旋階段を利用している。
エントランスと螺旋階段の美しさを、蘇芳は気に入っていた。
「なんだ、冷房が入ってる」
ドアを開けるなり、蘇芳はそう言った。
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