壱:熱夢の客人 [8/9]
顎のラインで切り揃えられた髪は今どき珍しい漆黒で、揺れるとサラサラ音がしそうなほど艶やかだった。
だが、薄く化粧した顔は蒼褪め、どこにも生気らしいものがみつけられない。
端正なだけに、まるで良く出来た人形を前にしているかのようだった。
「えぇ、ノリタケのティーカップを探しているのですが……。失礼ですが、こちらのご店主ですか?」
微笑を浮かべて蘇芳が問う。
たとえ何があろうとも、こればかりは習い性である。
相手が女性ならば尚のこと、他人に笑顔で接するのが蘇芳という男だった。
大概は、無邪気な笑みにつられて無意識に笑い返すか、その美貌に気づき頬を染めるといった反応をみせる。老若男女の別なく、それが常であった。
だが、女は悲しげな様子で首を横に振るばかりである。
「……いいえ」
その時不意に、女の着物から何ともゆかしげな香の匂いがすることに蘇芳は気づいた。
どこかで嗅いだ香りだと思う。
だが、記憶を辿る間もなく思考は遮られる。
女は上体を捻って蘇芳から顔を外すと、右手をスッと上に動かした。
黒い着物を身に纏っているせいか、白い手はポウッと光を放ち、それだけ宙に浮かんでいるように見えた。
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©2006/三上蓮音