壱:熱夢の客人 [7/9]
看板建築は、一見すると洋風建築なのだが、それは正しく表面だけで、建物自体は木造であり伝統的な商家の造りである。
店の奥には居間や台所といった生活空間が続き、二階以上は完全に私的な場所となるのが常であった。
呼び鈴が鳴ったので、じきに店主なり店番なりが姿を現すと思っていたのだが、思えば一向にその気配がない。
ただシンと静まり返っているばかりで、表の喧噪やら何やらといったものも聞こえてこない。
時刻はといえば、ちょうど夕方の買い物時である。
通りに面していて、しかも簡単な引き戸を入り口としているにも関わらず、この静けさは異常である。
我知らず暑さで朦朧としていた蘇芳の頭に、漸く理性の二文字が甦ってくると、肌に纏わりつく冷気が突如として異質なものに変じて認識された。
ザワリ、と厭な感じが背筋を撫で上げる。
鈍いにも程があったが、明らかに悪寒である。
どうやら、知らぬ間に何かの境界を越えてしまったらしい。
これはもしかして失敗したかなと蘇芳がのんびり思ったその時、不意に女が現れた。
「……何か、御用でしょうか」
黒い紗の着物をさらりと着こなした、品のいい女性である。
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©2006/三上蓮音