壱:熱夢の客人 [3/9]
いつしか、谷中から言問通りを根津に向かい、上野公園に抜けようという散策コースの、その大半を歩いて来てしまっていた。
汗みずくになりながらも、暮れ行く陽光が織り成す妙景には魅力を禁じ得ず、足は前へ前へと進む。
傍目には、この暑さの中にあって一人飄々として涼し気なようにも見えるのだが、次第に、池があったら飛び込みたいという危険な衝動を抱くようになってきていた。
根津で切り上げメトロに乗るか、それともここまで来たならばいっそ意地でも上野公園まで抜けてしまおうか。そんなことを考えていた時である。
通りの向こうに、緑青の生じた銅板に縁取られ、正面に茶色いタイルを貼った小さな建物が目に入った。
その平坦なファサードは、一見すると洋風建築のようである。
「あぁ、この辺はまだ残ってるのか……」
前面が硝子戸となった一階は、焦茶色の建具と緑青色の壁面とのコントラストがなんとも渋い風情を湛え、上に目を転じると、二階から貼り出されたタイルがレトロモダンといった雰囲気を醸し出している。
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©2006/三上蓮音