壱:熱夢の客人 [2/9]
それは正しく男が最近手に入れた玩具で、彼はこの数日試し撮りがしたくて堪らないでいたのだ。
とうとう誘惑に負け、灼熱の太陽をものともせず出掛けてきたのだが、もう陽も暮れようとしているのに暑さは少しも和らぐ気配がない。
憂き世離れしたこの男も、流石に後悔といった言葉を身に染みて感じていた。
男は、蘇芳(すおう)という。
稀に見る美丈夫である。
しかし、中身ときたら実にいい加減に出来ている。
用がなければ出歩く者とていないこの暑い日に、わざわざ用事を拵えていそいそ出掛けるような酔狂人である。
手にしているのは、1960年代初頭にチェコ・スロバキアで作られた、ブローニーカメラの『CORINA(コリーナ)』だ。
コンディションチェックを兼ね街に連れ出したはいいが、当初の楽しみも、異常とも呼べる暑さによって最早苦行と化しつつある。
元来、暑いのは苦手な質である。にも拘らず、蒸し風呂のような街をそぞろ歩いているのだから、それは当然の帰結と言える。
それでも、惹かれるものがあるとついシャッターを切ってしまうので、なかなか区切りというものがつけられない。
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©2006/三上蓮音