壱:熱夢の客人 [1/9]
壱:熱夢の客人(まろうど)
陽炎立つ街は、黄昏に消え行こうとしていた。
灼熱に焦がれたアスファルトやビルたちが、籠った熱を放出しようと躍起になっている。
しかし、淀んだ空気が覆いとなり、都会の熱は一向に天へと抜けない。
まるで花弁の如く幾重にも立ち昇る熱気のベールが、散ることを知らぬ花のように咲き乱れ、街を熱夢に染めるばかりであった。
夜ともなれば、乱反射する光は落ち着きを取り戻す。陽炎は消える。
だがそれも見せ掛けのまやかし。
陽炎の種は知らぬ間に人に宿り、熱を生み放ちながら貪欲に育ち、やがて再び大輪の花を咲かせる。
熱の迷宮は、人々の熱望とは裏腹に益々肥大していくばかり。
然して、イカロスの愚行は繰り返される。杞憂は何処かにて現実となる……。
いつ安息が訪れるのか知る者はいない。連日の猛暑と、それに続く熱帯夜だった。
*
暮れ行かんとする街を、一人の男が歩いていた。
飄々とした暢気な足取りで、時折立ち止まっては何やら四角い箱のようなものを目前に構えている。
正面にレンズがついていなければ、或いはそれがカメラだと気づく者もいないであろう。ちゃちな造りの、玩具のような代物だった。
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©2006/三上蓮音